ブラジル:6「ボランティアに参加させてもらって死にそうになる」


トランコーゾで恋仲になったベネの紹介でブラジルでの貧民街で一ヶ月と一週間、
ボランティアを手伝わせて頂く事になった。

その地域は、ボランティア仲間とバスに乗ると、窓の反射でこちらをチラチラ
見てる人がいて、あれは何かとたずねると、おそらく強盗だ。銃を持ってる。
我々を狙ってると素で答えられる盲目的に治安の悪い区域で。

また、夜にも銃声が、パアンパアンと聞こえる、爆発的に治安の悪い区域で。
でも貧しい人には無償で食べさせてくれるレストランとかあって、また普通の
レベルでブラジルには絶対的に足りてない学校や病院や授産施設、知的障害者の
教育施設など、イロイロな施設がヨーロッパの某団体から援助を受けて建てられてる
街で、国をあげてのブラジルの貧民街のモデル地域になってるトコロだった。

ソコに住む「みんなの寄り添いあってる感」が美しくて、またそのボランティア
先ではスタッフで平和会議をする事もあって。本気で平和に向かい合って活動してる、
そんな人達が「本当にいる」事に私は相当に感動した。


ところでベネは。「久しぶり!」と鼻息も荒くハグ、つーか抱きつかんばかりの
勢いの私に、「さあ働こうか!」とスッゲエあっさり対応してきて。
前みたく構ってくれなくなって。

私は「あのビーチでの約束は何だったのか!?」と憤慨して、腹いせで他の男の子と
遊んだりしたけど。

ベネは少し困った顔でほほ笑むだけで。
あとはずっと必死で仕事をしていた。

そんなん見ていたら、
もう男の子遊びもいいか・・・。だってベネじゃないと意味が無いし。必死に
働いたらベネもまた振り向いてくれるかも・・・とかになって。

そうなると面白いモノで、医者の卵や、エリートサラリーマンとかからやたらモテて。
でも、もうとにかく凄まじい勢いで仕事をした。


ソコでまず、施設で働く人達のための、昼食作りのボランティアをやった。
毎日たまねぎを数十個切る。このままでは、たまねぎ切り大会が
あったらチャンピオンになってしまうんじゃないかと思う位、
たまねぎを切るが早くなった。(そんな大会は無いから)

一緒に働くスタッフ達とは歌を歌いながら作ったりした。
パンをポルトガル語ではポンと言うので、ポンポンポンポン〜とか
デタラメな歌を歌ったり、豚肉をカルネと言うので、
テン・カールネ、テン・カールネとかの歌を一緒に歌いながら昼食を作った。

ボランティア最終日には、号泣でみんなとハグした。
仲間だった。


昼食ボランティアも慣れてきた頃には、高校の美術の授業のサポートと、
保母さんを担当する事になった。
高校の美術の授業のサポートでは、切り絵で虹や蝶を、愛をテーマに作った。
私の作品を見本に切り絵をやってくれる子とか出てきて嬉しかった。


保母さんでは、毎朝チビちゃん達に朝のほっぺちゅうとハグをした。
クラスでは童謡を歌ったり、踊りを踊ったり、一緒に昼食やおやつを
食べたりした。

あまり親に愛されていないなと思う子には、思いっきり、強く、長く、
ハグをした。でも強くハグをし過ぎて、泣かれたりした。

でも授業内でチビ達のわんぱくを抑え切れなくて、コントロールし切れなくて、
ソレに自信喪失して、保母さんは数日でおろさせてもらった。
また昼食作りに戻った。

でも道やスーパーマーケットで、担当したチビ達に逢うと、ちょっとしか
関わってないのに覚えていてくれて、手をふってくれたり、
駆け寄ってくれたりして、凄く凄く嬉しかった。やって良かったと思った。

昼食作りの仲間と、高校生と、チビ達と、「恵まれない子達に私が愛を与えるんだ!」と
思って参加したボランティアだったけど、結局は、優しいみんなに、
「愛を、優しさを、もらってばっかり」だった。


そんな風にボランティアをして、チカラ不足にヘコんだり、また能力の無さにダイブ、
ヘコんだりしたけど、こんなに自分を鍛えてくれたり、伸ばしてくれるモノは
無いと思った。何で今までボランティアしなかったんだろうと思った。

もし今後、ボランティアとか人のためとか、そういう機会があったら、
是非皆さんも飛び込んでみてください。きっと、凄く新しい自分に出逢えるから!

そう、だから、いつかまたブラジルの優しい仲間達に逢えるかな。
生きていれば、いつかまた逢えるだろうな。
そう信じて、私は今日もボランティアをするのです。



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